高校で地歴・公民の教鞭を執る傍ら、余暇において、青少年を中心とした国際交流(スポーツ・文化・教育・平和)活動をブータンやハンガリー、オーストリア、中華人民共和国、カナダ、ドイツ、台湾などで展開してきた。働き盛りであった2010年に突然、急性骨髄性白血病の告知を受ける。死と向き合った入院治療の中で、脳出血や白血病の再発、敗血症にみまわれたが、785日間におよぶ闘病を経験しながらも社会・職場復帰を叶え、8年の歳月を経て、「九死に一生」を得ての治癒を果した。「命という名のバトン」を持っての~家族~人~医療~の絆と、厳しくも、常に希望を持ち、夢を繋いだその体験談と、ライフプランは壊れても、新たなライフシフトの中で目指す、人生のレジリエンス(再挑戦・回復)社会実現の為の未来志向について語る。「時は命と同じ」、「命の大切さ」について少しでも心のサポートや人生における何かのきずきに繋がれば幸いです。
1957年 神奈川県横浜市生まれ。鎌倉育ち。
1976年 私立湘南学園高等学校卒業
1981年 國學院大学1部文学部史学科卒業
1981年 藤沢市教育委員会社会教育課社会教育指導員(郷土史・文化財担当)
1982年 神奈川県立高等学校勤務~教育公務員として、全日制普通科5校に勤務。2018年3月31日定年退職
働き盛りの自分を襲ったガン(急性骨髄性白血病)告知。脳出血や白血病の再発、敗血症がありながらも、九死に一生を得て社会・職場復帰を果たした785日及ぶ生還記。かすかな希望の中で命のバトンを繋いだ家族、人々、医療について語る。命と時の大切さ、人や、学びや、仕事の大切さを少しでも感じて頂ければ幸いです。
自らの大学・青年期のホームスティ体験や我が子や友人の子ども達の高校留学や大学留学を題材として、日本の教育と欧米の教育の違いについて語る。鎌倉市教育委員会の後援を得て実施したセミナーの様子を交えながら、海外留学や国際交流の意義について学び、体験者が思う、日本の授業の『学び方』の改革について提示する。
ホームスティで出会ったユダヤ系ハンガリー人の親友とホロコーストの歴史。スウェーデン人外交官ワレンバーグの「命のパズポート」や杉原千畝の「命のビザ」、ドイツ人シンドラーら人道者をテーマとして、戦争と平和について考える。また、負の歴史を背負ったドイツの戦後教育について語り、私達は何を学ぶべきかを考える。